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第6話 運命の番[つがい](下)

Author: 柳 雪音
last update publish date: 2026-08-11 22:03:56

「……夜道で何をしている」

黒い外套の男が遥香に向けたのは、冷たい声だった。

その男——伏見朔は甲アルファだった。

甲、乙、丙に区分されたこの社会で、最も優秀な存在。

そして、誰よりも運命の番つがいという存在を嫌っていた。

縁香フェロモンが伴侶を選ぶなど、そんな理屈のないものを信じたことは一度もない。

「早く帰れ」

朔は低い声で告げる。それが精一杯だった。

これ以上近付けば、触れたくなる。

触れれば、きっと止まれない。

そう本能が警鐘を鳴らしていた。

(甲アルファなどと持て囃されても……その実、俺は獣以下の男だ)

色素の薄い瞳が、かすかに金色に光る。

「は、はい……」

遥香は小さく頷き、歩き出そうとした。

だが、足が動かない。

朔から漂う香りに、遥香の身体が熱を帯び始めていた。

薄荷のような清涼感。その奥に、橘の花を思わせる柔らかな甘さ。

(知らない——名前も、素性も、何も知らない相手なのに……)

遥香は小さくしゃがみ込む。

(近付きたい……)

身体が勝手に彼を求める。

(触れたい……)

理性は必死に否定している。

それでも本能だけが、彼を運命だと叫んでいた。

「どうした」

「あの……」

遥香は困ったように笑う。

「動けなくて……」

「腰でも抜けたのか」

「あ……はは」

遥香は、一人で立ち上がろうとする。膝は震え、力が入らない。

どれほど、身体が求めても、誰かに縋るという発想は、遥香にはなかった。

(早く、立ち去らないと……このまま、しゃがみ込んでいては、この方の迷惑になってしまうわ)

「私のことは気になさらないでください。少し休んで、帰りますので」

遥香は、弱弱しく微笑む。

その笑顔を見て、朔は僅かに表情を和らげた。

「家まで送ろう」

その言葉は短かった。これ以上話せば、自分を律することができないかもしれない。

そう感じていた。

「い、いいえ」

遥香は首を振った。

「自分で帰れますから」

肩を震わせながら立ち上がり、一歩踏み出す。

遥香の身体がグラリとふらついた。

咄嗟に、朔はその細い肩を支える。

朔のスラリとした腕に抱きとめられた、その瞬間——

甘い香りが一気に弾けた。

「……!」

遥香の頬が桃色に染まる。

朔も息を呑んだ。

離さなければ。お互いに、そう分かっていた。

理性は何度も命じる。

だが、身体は動かなかった。

運命が、二人の距離を奪っていく。

次の瞬間。

二人の唇は、引き寄せられるように重なっていた。

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